離島で貧乏暮らし

貧乏ネタでいろいろ書こうかなと……

プリンターがいよいよ終わってきた

2012年の3月に買ったから都合9年使ったプリンタがついに寿命を迎えつつある。

kakaku.com

インク交換は出来ないが、その代わりにA4が8000枚打てるという触れ込みのプリンタで、今ではその手のインク大容量タイプが出てきてるけど、10年前はまだ早すぎたのか、殆ど売れずに投げ売りになったものを買ったもの。 確か定価は四万円のものを八千円くらいで買ったはず。

ビジネスプリンターなので写真の打ち出しはあまり綺麗じゃないけれども年賀状程度なら問題なく使えて、何よりインク交換が長期間必要ないのはありがたかった。

PC用のOSをlinuxに切り替えた時にドライバーが無くて、代用できるドライバーを探したがカラー印刷できるドライバが見つからず、カラーは仮想マシン上のwindows2000で印刷することにしたけれども、アレは本当に苦労した。

8000枚という量は、一箱2500枚入りのA4コピー紙が三箱以上になるので、なかなか個人で消費できる量ではない。 だからインク切れはほとんど心配せずに使いまくったが、流石に9年使うとインク残量表示が1/3を切ってきた。 そんな感じだったので「向こう一二年でインク切れになるだろうから、そろそろ更新だな」とは思っていたのだけれど、今日使っていたら紙押さえローラーが付いたプラスチックパーツが壊れて外れてしまった。

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以前、一回外れた時にはパーツの破損がなかったので、はめ込むのに結構苦労したが何とか元通りにパーツを組み付けることが出来て完全復旧したのだけれど、今回は固定爪の部分が割れてしまっているので再組付け不能

ただ、A4紙でテスト印刷すると、紙押さえが無い割にはちゃんとプリントが出来ているので、しばらくは何とかなりそうな感じではある。 しかしA4より小さい紙では多分左右均等に紙を送れずに詰まりそうなので、やはり機種更新する必要はありそう。

ここ二三年でインクジェットプリンターの値段がぐっと上がったので、今回はかなりの出費になりそうである。

ふと気づいたのだが、新品の携帯電話類を買ったことが一度しか無かった

自分が携帯電話を初めて持ったのは、四半世紀前に会社で業務用に支給された携帯電話だった。 これだったような気がするが、ちょっと自信がない。

auケータイ図鑑|おもいでタイムライン

キャリアはツーカーだった。まだ携帯に参入して間もない頃で、ドコモやIDOセルラーあたりと比べると基地局が少なかったが、当時四人しかいないs設立したばかりの零細企業だったので通信料とか端末価格の安さで決めたんだろうと思う。

会社の携帯だから私用に使う訳にはいかなかったが「着信だけなら良いだろ」と、電話番号は会社関係ない人達にもあちこち教えていた様な記憶がある。 固定電話の受話器くらいのサイズでバッテリーもNiMHだから大きくて重く、この頃の携帯にはストラップは必須だった。 それでも随分作業着の胸ポケットから落としたが、それなりに丈夫に出来ていて傷だらけにはなっても数年間現場で使って支障無かった。

最初の携帯は大きく重く電池持ちが悪かったが、それでもまあなんとかなっていたのだが、会社がまた新しいのをあてがってくれたので機種更新した。

auケータイ図鑑|おもいでタイムライン

プッシュボタンだけカバーする「なんちゃってフリップ携帯」だったが、最初のストレート型携帯はこれがないので尻ポケットの中で勝手にダイヤルする場合があり、それなりに役に立つ仕組だった。 会社を辞めたのは2005年だったが、それまでずっと使ったのではないか。

世紀も21世紀に改まると、流石に私用に使える携帯電話が欲しくなったが、当時かなり安くはなってきていたものの、それでもある程度の通信料を取られたドコモやAUにするほど欲しいと言うわけでもなかったので、当時は下火になりつつあったPHSを一台契約した。(ソフトバンクも安かったが企業イメージが悪すぎた)

まだFOMAが無い時代なのでPHSの方が通信速度が早かったのも理由だったが、結局仕事以外で携帯電話を使う事はあまりなく、スクーバダイビング等で遊びに出た時にはほとんど圏外で使えないという有様で、まあ有り体に言って大失敗だった。

買ったPHSの機種はサンヨー製のストレート型でエアエッジ対応だったことと、当時ちょっと珍しい非接触型充電だったのを覚えているが、今検索してもそれらしいモノが出てこないので、ほとんど売れなかった機種なんだろう。 覚えていないが端末はゼロ円か高くても千円くらいだったはず。 そしてこれが自分で金を出して買った唯一の新品携帯電話(PHSだが)なのであった。

会社を辞めて中之島に来る前に、弟が自分がやってる植木屋の名義の新品ドコモ携帯をくれた。 フリップ式の携帯はこれが初めて。

ケータイ新製品SHOW CASE ドコモ SH700i

この丈夫な携帯も数限りなくポケットから落としたが、流石に四五年使ううちにバキバキに割れてきて電池の蓋が閉まらなくなってきたので、同じシャープのSH901iSに買い替えた。 新品ではなく中古を四五千円で購入。(確かアマゾン)

SH901iS(FOMA) サポート情報 | お客様サポート | NTTドコモ

これは液晶側の筐体がアルミで、落としてあちこち凹んだが特に機能には支障なく丈夫で良かった。 特に不満もなかったのだが、弟がスマホをくれたのでそれに乗り換えた。

T-01D - Wikipedia

色々問題のあった機種の様で、ときどきハングするのでドコモショップで見てもらったりしたが解決せず、弟にタカって別のスマホをもらった。 このスマホは時計アプリを入れて置き時計代わりに使っている。 夜中でも液晶画面いっぱいに時刻表示されるので夜中に布団からでも見やすくて、とてもよろしい。

タカったスマホ東芝からsonyに変わった。

SO-04E - Wikipedia

確か初音ミクモデル。だから何?という感じだったが。 これはあまりトラブルなく3年ほど使えたのだけれど、突然故障して電源が入らなくなり、中古通販で同じSO-04Eを買い直した。 特に気に入っているという訳ではなかったのだけれど、機種が変わると操作も多少変わるので覚え直すのが面倒だからである。

で、今年の夏前から二代目のSO-04Eも3年くらいで調子が悪くなってきた。 タッチパネルの反応が悪くなり、タッチに反応しないエリアが出始めたのである。 それが着信やアラーム停止の時スワイプ操作に使う範囲に被っていたので、着信ができないことが多くなってきた。 ハンズフリー用のイヤホンを付けて、イヤホンの着信スイッチで電話を取ることでしのいでいたのだけれども、イヤホンケーブルの始末が悪くてイライラが募り、また機種変更することにした。 例によって二千円ちょっとでアマゾンから中古を購入。

SH-03E サポート情報 | お客様サポート | NTTドコモ

長らくスマホを使っているうちに「電話機としてはガラケーの方が遥かに機械として真っ当。物理ボタン最強!」という結論に至り、ガラケーに戻したのである。 スマホと違って電話帳の引っ越しに手間が掛かったが、まあこれは仕方がない。 本当はシンビアンOSのimode携帯、'などという古い機種ではなく、ガラホにしたかったのだけれど、SO-04EのSIMカードマイクロSIMで大きく、殆どがnanoSIM対応の現行品を買うとSIM交換が必要になるので面倒だったので、2026年にはサービス終了するFOMA携帯を敢えて買ったのである。 まあそのおかげで非常に安かったのも理由だが。 やはり電話機の大きさが小さく、電池持ちも遥かに良いので充電の手間も少なくて済み、切り替えて正解だった。 特に電話機がかさばらないことは本当に良い。

電話はガラケーに切り替えたが、だからスマホが不要であると言うことにもならないので、スマホも別に買った。

AQUOS ZETA SH-04H サポート情報 | お客様サポート | NTTドコモ

これもアマゾンで中古を購入。 五千円弱だった。 SO-04EはOSバージョンが4.4と古く、アプリの多くがバージョン5.0以上を要求するのでバージョン8.0が動く機械にしたのである。 とは言え、もうドコモのサポートは終わっている機種なのでこれ以上のバージョンアップはなさそう。 ドコモのsimはガラケーに入れたので別のキャリアのsimが必要となり、値段的にmvno以外の選択肢はないので馴染みのあるDTIのサービスにした。 ここより安いサービスも結構あるが、やはり使い続けたキャリアの安心感とかも効く。

DTI SIM|用途で選べる格安SIM

これの1GBデーターのみのプラン。 要するに一番安いセットだ。 まだ契約して三週間くらいだが、通信料を見ると50MBくらいしか使ってない。 gmailの着信と天気予報のウェブサイトくらいしか用途がないのでそんなものなんだろう。 Spotifyとかで音楽聞いたりすると、あっという間に使い切るだろうなと思う。

電話も出来るプランも考えたのだが、電話+通信のプランだと料金が倍になるしデーター通信でもLineの通話は出来るんでやめた。 電話はガラケーでかければ良いのだし。

Haswell世代のi7

 今度のwindows11ではサポート対象外ではなく「インストールできない」「作動しない」って可能性が出てきてるので、ヤフオクでの中古相場が下がってるのではないかと思ってしばらくチェックしているのだけれど、今のところi7 4770の落札価格は一万円前後でやや下がってきている程度で、まだあまり相場への影響は出てきてなさそう。 5000円くらいにまで下がってくれれば今のi5 4570から交換するんだけどな。

 なお落札価格では五千円を切っているものも多いのだけれど、それはほぼ全てが「動作未確認=手を出してはいけないジャンク品」なんだよな。 PC本体のジャンク品は大抵がHDDとメモリの欠品で動かないだけで、不足のパーツを入れてやれば動くものが多いのだけれど、CPUのジャンク品は言葉通りのゴミで、動くものに当たる可能性は殆ど無いらしい。(ほとんど詐欺じゃねえかと思うんだが、結構な量がそれなりの値段で売れてて特に問題にもなってないのが謎と言えば謎 CPUを自分で直せる業者がいるのかな)

 なので「動作確認済み」「動作PCから取り外し」の表記があるのとないのとで値段が倍以上違うということらしい。

サブ機にKDEデスクトップ環境をインストール

サブ機のノートPCにはwindows10とxubuntuデュアルブート環境なのだが、立ち上げてる時間はxubuntuの方が長い。 デスクトップ環境のxfceはメイン機と同じに揃えたので使い慣れてはいるのだが、せっかくフリーのデスクトップ環境が色々選べるlinuxなので、ちょっと別の環境を試してみることにした。

lxdeとlxqtは先日ノートPCにlubuntuをインストールした時にいじったので、ならば別の環境を入れたいということで、KDEを入れてみた。

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gnomeと並んで歴史のある環境でgnome同様に重くてマシンパワーを食うと云う話だったが、最近のバージョンでは軽い方の環境になるらしくて気にはなっていた。 で、入れてみたのだけれども、メモリ消費量もxfceよりは多いがubuntu標準のgnomeよりはだいぶ少ないし、動作もキビキビ動いてcpuの利用率も大して大きくならない。

デスクトップ画面はlubuntuと同じ方向性、要はMS windows (win7あたりか) に寄せてあって、長くwindowsを使ってきた俺みたいな人間には馴染みやすい。 xfceだとかなりMS windowsと違う面があって、慣れるまではまごつく面もあったので、最初からKDEkubuntu)にしておけば良かったかなと思ったりもする。 MS windowsと全然使い勝手が違うのがgnomeや(ちょっと前までubuntu標準だった)unityで、プルダウンメニューでソフトウェアを立ち上げるという、MS windowsでもMacでも標準になってるやり方ではなく、起動したいソフトウェアの名前をタイプしていくと表示されるアイコンが絞られていくという、なんだかCUIでコマンド打ち込んでいく様なテイストなので、すぐ嫌になって切り替えたのだったな。(無論gnomeやunityが重いので、負荷の軽いxubuntuにしたという面も大きいけど)

考えてみると、あれこれPCの環境をいじって時間を潰すという道楽は、今ではlinuxBSDと言ったPC Unixでだけしか成り立たず、「ガジェットとしてのPC」の世界には、もうMS windowsMacは存在しないなって思ったりする。 windowsMacスマートフォンや専用ゲーム機のSwitchやXboxがそうであるように「ただの実用品」となり、もうそれ自体で遊んだりする余地のない物になったなと。

Appleはもともとそういう方針で製品を出してきた会社で、だから俺はあの会社が嫌いになり、もう二度とAppleのPCは買わないし使わないだろうと思うのだけれど、MSも結局Appleと同じ方向に行ってしまったのは残念だなって気持ちがある。

MSIMEユーザー辞書の登録

サブ機のノートPCを故障で更新したので、調整その他で色々いじっているが、かな漢字変換で色々と不満があったので、とりあえずユーザー辞書をメイン機からコピーした。

とりあえずメイン機のユーザー辞書をテキストに吐き出す。 メイン機はOSがUbuntuでIMがMozcなので、文字コードをUTF8からsJISに変更する必要があり、辞書ファイルをnkfコマンドでsJISに変換する。
(こんな感じ)

$ nkf -s hoge1.txt > hoge2.txt

それをサブ機側に移してMSIMEの辞書インポート機能で取り入れるのだが、結構エラーを吐いてくれて1/3くらいがエラーで読み込まれない。
エラーログを見ると品詞の名称がMSIMEとMozcで違っているための様で、検索・置換でMSの用例に改めて取り込ませると大体はOKだったが、それでも一部はエラーだった。数はそう多くないので、使いながら再登録すれば良いと考えて放置。

windows10とUbuntuとのファイルフォルダ共有

LANで繋がっているのにノートPC(win)とメイン機(Ubuntu)の間をUSBメモリでファイルをやり取りしているのは原始的過ぎて宜しくない感じなので、ファイル共有できる様に色々設定をいじる。

Ubuntu側には特にSAMBAサーバなどを入れなくても、最初からSMBのクライアントだけはデフォルトで入っている様なので、win側でファイル共有用のフォルダを作って、そのフォルダをUbuntu側でマウントするやり方にした。
と書くと簡単に設定できたようであるが、実際には繋がんない繋がんないとブツブツ言いながらネット検索を続けて、ようやく成功と言った感じである。

で、ファイルのやり取りはできる様になって、ノート側での作業も終わってシャットダウンさせたのだが、それからメイン側のファイラー(Thunar)の反応がやたら重くなってしまった。
理由は簡単でノートPCをシャットダウンする前にアンマウントしていなかったので、メイン機側のファイラがいきなりいなくなった共有フォルダを探してレスポンス待ちをすることとなり、そのせいで挙動がおかしくなってただけ。
USBメモリやCDドライブなら習慣的にアンマウントするのであるけれど、LAN越しだとそれを忘れてしまったという話。

大昔に使ったwebブラウザ

世界で最初に広く使われる様になったブラウザはもちろんモザイクなんだけれど、これを使うためにはホストとの間がTCP/IPで繋がってる必要があり、大学内のLANに繋がってるPCでは有料のトランペットwinsockを購入してそれをインストールしたwindows3.1を準備して、その上でモザイクやネスケを走らせる必要があった。
で、それには当然お金がかかるわけで、パソ通Unixホスト機にシリアル端末として繋がってるPCで「金をかけずにモザイクみたいなことをしたい」って要求はすごくあった。まだwindows95 OSR2でTCP/IP接続が標準になる前の話だ。 モデムも大抵が9800か14.4Kbpsくらいだった頃になる。

で、これを実現したのが”SlipKnot”というフリーソフトウェアで、これはSlipやPPPを使ったTCP/IP接続無しで「モザイクみたいにwebサイトを表示してくれる」代物だった。
雑に言うと、テキスト部分は無手順でそのまま受けてグラフィックファイルはzmodemの様なバイナリダウンローダーで落としてきて、それを画面で組み合わせてサイト表示するという仕組み。
最初にwwwに触れたのは友人宅で見せてもらったモザイクだったのだが、あれが自宅でもできるというのは本当に嬉しかったのだよなあ。

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